頑固者の入院

83歳の父は脳梗塞で倒れてから既に10年
暫く通院・投薬をしていたが 6年前からピタッと病院に行かなくなった

杖を突いてやっと歩く父はしゃがむと立てなくなるので 和式トイレで用をたすのを嫌う 
トイレに入らなくていい様にと 病院に行く日はきまって朝から飲み食いをしなかった
しかしある日 病院で便意を催し洋式トイレを探しているうちに漏らしてしまった
「受診しないで帰るから迎えに来い」と携帯に連絡が入った
その日以来 病院も薬も無くなった 

大東亜戦争では憲兵隊から特攻隊に志願・・・生きて帰ってきた
だからかどうかは知らないが父は筋金入りの頑固 人の意見など聞くものではない
口癖は「やがます」「かんけーね」「いらねっ」・・・
何を言っても「うん」と云わない頑固者である

5日前 その頑固者はついに自力で立てなくなった
大好きな酒も数日前から飲まなくなっていた 相当具合が悪いんだなと察してはいた
病院に連れて行こうとしても 絶対に「うん」と云わないのは分かっているので
母には申し訳ないが 休みに入るまでの2日間 下の世話をして貰った
恐らく2日の間に覚悟を決めるだろうと予測した

出勤前父に 「明日病院に行くよっ」と言った
返事が無い 普通だったら「やがます」と返って来るのに・・・
返事の無いことは了解したものと解釈し会社に行った

翌日 介護タクシーを呼んで・・・と思ったが 土壇場で「いがねー」とも限らない
呼ぶ前に確かめようと父の部屋を覗くと 新しいパジャマに着替えていた
内心ほっとした

診察は問診から始まり X線検査・CT検査等々 結果緊急入院
始めから予測はしていた 母は既に着替え等を紙袋一杯に持ってきていた
私はこれで一安心 母はもっと安心したに違いない

診察結果
病名  脳梗塞後遺症・うっ血性心不全・急性肺炎・心房細動
病状  全身浮腫・呼吸困難・頻脈・歩行不能

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「Internet Explorer 8」を使ってみた

「Internet Explorer 8」リリース候補版を使ってみた

普通に使う分には問題なさそうだ

「Internet Explorer 8」ベータ2では コピペすると直ぐにバグってしまい使えなかったが
暫く使ってみる価値はある

軽さの面でMozilla Firefox v3.0.5をメインで使っていたが 一部のサイトで使えなかった
IEならそんな不具合は無い

今日から「Internet Explorer 8」が 私のメインWebブラウザーだ

ダウンロードはこちらから
「Internet Explorer 8」リリース候補版

「プロの仕事だ」

1/16 早朝 休憩時間にTVを見ていると衝撃的なニュースが流れてきた

アメリカで旅客機が墜落か・・・

そして・・・ 「全員救出」 奇跡が起こったのだ

その奇跡を起こしたのは「神」でも「仏」でもない 冷静沈着に行動した機長の対応だった

あちこちのニュースや動画を覗いては 何度も感動を覚えるのである

---Yahoo!ニュースより抜粋---
サレンバーガー機長と管制官の不時着前の交信記録を聞いた当局者は、「パニックもヒステリーもなかった」と述べるとともに、「プロの仕事だ」と機長に賛辞を贈った。

---YouTubeの動画---


http://jp.youtube.com/watch?v=2S7FHiAXATw&feature=related

全員助かって良かった!!
サレンバーガー機長に拍手である!!

けさの風景

朝4時 ディーゼルエンジンの大きな音で眼を覚ました
その音は明らかに除雪車のエンジンの音
「エッ!! 降ったんだー」
直ぐに起きて外を見る
「やっぱり降ったんだー」
直ぐにスノーダンプを取り出し除雪
この冬初めての雪掻きである


子供を学校に送届けた帰り道 デジカメで撮影

今年の初仕事

今年の初仕事は今夜から

私の仕事場も 例に漏れず 世界的不況の波をもろに受けた

そのため昨年の27日から昨日まで休み

今夜から仕事に出るが 明日からのことは不明

月曜日になれば何か情報が入るやも・・・

初仕事くらい ぱっと明るく出勤しよう !!

古峯神社 代参

1/7古峯神社 代参

我が集落には幾つかの講中がある 
その一つに古峰ヶ原講というものがあり 代参者に選ばれた人たちが講中の代表として
栃木県にある古峯神社を参拝し 火防・五穀豊穣のご祈祷を受けるのである

今年は私を含め5名が代参者に選ばれ 1/7に古峯神社を参拝した
講中にまざっている人数分のお札を受け取ると お勤めは終了
この後は観光である

参拝に行く手段に決まりは無く みんなから集めた会費内で納めるも良し
自己負担を増して観光を楽しんでも良しである
責任を持ってご祈祷を受けたお札を 無事に持ち帰れば良いのである

今回の我々の代参は 観光会社が募る「新春!!古峯神社参拝」なるバス・ツアーを利用した
お札の枚数から参拝手続きまで 全て観光会社が段どってくれるので大変楽である
ご祈祷後お札を受け取り 古峯神社内で食事(けんちん汁と精進料理)を済ます

これからは観光である 帰るのは翌日の夕方 
コース: 大谷資料館~田母沢御用邸~世界遺産日光廟大猷院~鬼怒川温泉
コース2日目:ほぼお買い物コース~花屋さん・お菓子屋さん・漬物屋さん~

17:00に帰宅 集落内の古峯神社石碑(我が屋敷内にある)にお札を奉納しそれから 講中員に配布
全ての作業が終わって これからがらごり(方言で慰労)である
場所は塩川町の飲食店

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古峯神社の入り口です

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                          七回目のご祈祷なので客も疎ら

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                         1300余年の昔から絶えたことの無い御神火?

200901naorai_ozen_all1(1).jpg       200901 ozen_1050(1)
                           私たちが食べたお膳は一番安い方です

200901古峯神社石碑明治25年
我が屋敷内にある「古峯神社石碑」裏には明治25年と彫られている

決心

280年間百姓で生計を立ててきた我が家

その主な収入源は野菜作りと稲作であった

貧農の長男に生まれ 跡取りだからと育てられた

何の疑問を持たずに農業高校へ そして農業

農地が少ないため 篤農家として生きようと夢見たが

資金が続かず程なく挫折 

生計を維持するため日雇い人足で収入不足を補った

このままでは将来はないと思い 負担の大きい出荷野菜をやめ

もっと高収入はないかと職を転々

ある日 新聞の折込広告にあった求人に応じ 定職とした

それ以来30数年 二束のわらじを履き家計を支えてきたが

近年 体力と気力の衰えからか二束のわらじが辛くなった

将来を案じないわけではないが 贅沢さえしなければと

安易な考えも手伝い 農から離れようと決心を固めた

そして今年 稲作を全面的に委託することにした

280年間の農の歴史に終止符を打つのである

親が元気なうちは 間違っても言い出せない内容であったが・・・

今や父も母も年老い 寂しい顔をしただけで何も云わなかった

ただ母の楽しみの野菜作りだけは今まで通り残すことにした 

2009年 平成21年1月 我が家の新しい歴史の始まりである


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