お昼は喜多方ラーメン 游泉(ゆうせん)

2011.04.28

仕事場での会話
「あそこ 旨かったよぉ・・・」
「へ~ 旨えのがぁ 今度の病院帰りに行ってみんべぁ」

今日は母の定期健診 その後のお昼は決まって喜多方ラーメン
健診が終わって間も無く「今日はドゴサイグダア」と母

「今日は岩月のラーメンやに行ってみんべぇ」
「会社の仲間が 旨がったぁって言ってだがら」
(ずっと前からあるのは分かっていた わざわざ行くまでもないと思っていた・・・)

母の定期健診が終わり 岩月方面へハンドルを切った
旧国道を北へ向かって走ること5~6分 11時前に目的地へ着いた 

駐車場には車が数台止まっていた 「えぇ もうこんなに入ってんの?」
ドアを開けると「いらっしゃいぃ」と言いながら数名は泡を喰って席を立った
(私たちが入ったのは開店前で 従業員はお茶飲みをしていた)

このお店の名前は『游泉(ゆうせん)』 テーブルに座るとメニューを見ずに
「醤油二っつくんつぇ」と言った

従業員は言った「大盛りも同じ値段だがらし」
私も言った 「いや 普通盛りでいいがらし」

従業員は黙って『水と豆腐』をテーブルに置き『幟』を持って外へ出て行った
店内はきれいだった テーブルも椅子もしっかりした作りだった

ラーメンができて来るまで私はコーヒーをすすった
コーヒーは無料でセルフサービスになっていた

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文字化け・・・?

2011.04.27

午後1時 携帯が震えた 東京の従姉からのメールである

内容は
「今久しぶりにブログを見て・・・ ○○おめでとう・・・。」
娘の結婚を祝う内容であった

従姉の見た記事 私も見直してみた
・・・一部文字が化けている 意図して使った文字が”?”に化けている 「なんでぇ」と思った

他の記事も同様に同じ文字に化けている
一部記事の文字化け部分を元の文字に入れ替えてみた 異常なく是正された

他の記事も手直ししようと思ったが ばかばかしく思って取りやめた
何が原因なのか ブログ管理もとへアクセスし質してみようと思った

そこには既に 私と同じ障害を質してる方がおられた
タイトル: 文字化け修正依頼
内容  : blog93 blog47、各ブログサーバーにてメンテナンス後「\」「?」「?」等が文字化けする現象が起こってます


私だけではなかったんだと 一寸安心した
このまま少し ブログ管理もとの対応を注視しよう

私と同じ障害の投稿内容を以下に転載
文字化け

花見山散策

(4月24日の出来事)

三春の滝桜見物を諦め 小野インターをUターンし
阿武隈高原SAでトイレ休憩したのが10時半を回ったころ

女房はおやつを仕入れ 私は車に燃料を満タンにした
磐越自動車道から東北自動車道を北上 ドライブ日和のいい天気だ

ナビに任せてハンドを握ること1時間 福島西インターを降りた
花見山に行くのも当然ナビ任せ 115号線から4号線に移った

4号線から細い道路に入りひた走り ある交差点を左折したとたん
車は詰まっていた 「え〜っ ここもかよぉ」とぼやいては見たが

結局渋滞にはまってしまった 道路が細く引き返すにも引き返せない 
先の方で2〜3台 空き地を見つけ引き返す車もあった

そこまで行って私もと思ったが 警備員が話しかけてきた
「上まで行きますか それともここから歩きますか?」

「花見山までどの位あんあんだよぉ」と聞くと1Km位だという
警備員の立っていた所は保育所の砂地の小さな駐車場

この小さな臨時駐車場に車を止め歩くことにした
住宅街を暫く歩くと先が開け 山野が目に飛び込んできた

女房と私はほぼ同時につぶやいた「うわぁ 来て良かった〜」
目の前に開けた山野は別世界 桃源郷と比喩しても過言ではなかった

数種類の桜を筆頭に色とりどりの花々は 我ぞとばかり山肌を埋め尽くし彩っていた
1時間余りの散策は刹那のごとく終わりを告げた
(さっと見て直ぐに帰るつもりであったが 桃源郷はそれを許さなかった) 

春は良し夏も良し 秋もまた良し冬も良しか・・・
いつの時期に訪れても良いだろうなあって思いながら その場を後にした

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三春の滝桜を見学に・・・

2011.04.25

昨日 喜多方市議会議員一般選挙が行われた
私の仕事は休みの番にあたっていた 朝九時女房と二人で選挙に出かけた

選挙を終えてそのまま 会津若松のインターから磐越自動車道に上がった
行き先は三春町 かの有名な滝桜を一目見ようとしてのこと

先日妻がつぶやいた
「三春の滝桜 今年は狙い目だとテレビで言ってたよ・・・」

私も何かのテレビ番組で 以下の様なことを言っていることを聞いていた
日本三大桜の一つの「三春の滝桜」は例年、30万人の花見客でにぎわいますが、今年は原子力発電所の影響で、ツアー客などの中止が相次ぎ、いつものにぎわいが町にはありません。
 
農から離れた私 これといって急ぐ仕事があるわけでもないし
妻と二人で出かけることなど滅多にないので いい機会だと思った

磐越自動車道は混んでいる様子でもなく 快適に走行できた
走ること1時間 「あと少しで着くから・・・」と言った矢先

前を走っている数台がブレーキを踏みハザードランプを点け始めた
私もそれに習いブレーキを踏みハザードランプを点け そして止まった

「え~っ うそだべ~・・・」「何ィ この渋滞」
「帰んべぇ」妻も納得した 車線を変更し小野インターまで走りUターンした

車内で女房は「花見山に行ぐべぇ」
「え~っ」仕方なしなし ナビの設定を「花見山」に変更した



※ 反対車線からの渋滞の様子はこちらをクックして下さい

ネギと大根

今日は曇りのち小雨 外は時折選挙カーの叫び声
明日は喜多方市議会議員一般選挙である

小屋の整理にも飽きが来て 家の周りをうろうろ
ふと軽トラの荷台に目をやると そこにはネギと大根

昨日はいい天気であった 裏手の畑が「草に巻かれる前に耕すから」と云った
すると母が口を挟んだ 「一寸待て ネギとっつまぁがら」

畑にはまだ 昨年のネギと大根が少し残っていた
母がネギを取っている間に 私は大根を抜いてみた

大根の頭は腐れかけているが 土に隠れている分は瑞々しく旨そうだ
母の採っているネギ ネギ独特の匂いが私の所まで伝わってきた

そのネギと大根 軽トラの上に置き忘れていた
早速洗って家に入れた しかし軽トラの上には葉の付いた大根が1本

「何っ このきれいな大根は?」私は母に云った
母は「隣がら貰った」「スーパーに出しても売れねぇだど・・・」
(ハウス栽培のきれいな大根であった スーパーから暫く出さないで欲しいと云われたらしい)

我が集落の野菜も風評被害を諸に受けている様だ
県や喜多方市では「安全性は確認 安心して食べられます」と云っているのに

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ネギを採る母                  去年の採り残しの大根

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下半分は瑞々しく美味しそう         荷台のネギと大根

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洗ったネギと大根               大根サラダに食べるラー油を掛けてみた

苗字が変わった日

9時半 ビール1本飲み終えるころ「家デン」がなった
液晶ディスプレイには娘の名前

私:「は~い」
娘:「今日 区役所に行ってきた」「婚姻届出したから・・・」
  「○○君と代わるから・・・」

2011年4月17日 大安吉日 快晴
今日から娘の苗字が変わった

数ヶ月前 彼氏を連れてきた
彼氏は 娘と一緒になりたいと云った

それから間もなく 向こうのご両親が挨拶に行きたい旨の事を告げられた
向こうの日取りとこっちの都合が合わず 延び延びになっていた

娘たちは着実に新居の準備や結婚の段取りを計画していた 
彼氏の実家の近くにいい物件を見つけ 弟達と向こうのご両親が手伝い引っ越した

父の法要を済ませたら向こうのご両親と会い 事を進めようと思った
2011.03.11 あの忌まわしい大震災に見舞われた

引っ越したばかりの娘たちの新居は 破損が激しく住めなくなった
その日から娘は 彼の実家に住むようになった

今月末 娘夫婦とそのご両親が我が家を訪問する
大震災がらみで順序が全て逆さまになってしまったが 逞しく船出して貰いたい

11時を回り 妻も母も寝床に引っ込んだ 私は一人祝い酒に酔った
小さい頃の娘の思い出が走馬灯めいた 深酒になったがいい気分だった

停電

2011.04.14

食事を終え茶碗を洗ってると テレビと蛍光が瞬低の後に消えた
昨日は休みで 母と二人だけの食事が終わって間もなくの出来事

居間にいた母は「テレビ消えて電燈点いたぞ」「パソコンは消えでねぇ」
12:30頃だろうか 突然停電になった 直ぐ点くだろうと思った

母はまた台所に戻り椅子に腰を掛けた 台所の石油ストーブは電気が無くても大丈夫
私は云った:「おじゃ(茶)でも飲んで待ってんべぇ」「そのうち来っから」

急須にお湯を注ごうとポットのボタンを押した 
「・・・」「そうか・・・ (-_-;)」電気ポットでは反応するわけがない

ストーブの上のやかんのお湯は未だ温いまま
カセット式ガスコンロ持ち出し 湯を沸かしてお茶を出した

電気は30分たってもまだ来ない 何があったんだろう・・・
思い余って電力会社のコールセンターに電話した 
が「込み合っています・・・ 時間をおいて掛けなおして下さい」の繰り返し

情報が無いと云うのは不安である 隣の家はどうなっているんだろうか・・・
近所に住む電気保安を生業としている仲間に電話した 彼は家にいた

「おめぇなら停電の情報入っていんべど思ってな・・・」
「詳しぐは聞いでいねげんじょ 変電所のトラブル・・・」
話しが終わらぬうちに 蛍光灯が点き非常灯が消えた

停電時間は凡そ40分 最近にない長い停電であった

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停電になると自動点灯するライト       カセットガスコンロ       

けさの風景

2011.04.13

お医者さんの順番取り

朝 起きて車を見るとフロントガラスが凍っていた
5時40分 車のフロンガラスに解氷剤を噴霧しエンジンを掛けた 

今日母は 喜多方市の眼科医院で3回目の受診を行う
この医院の受け付けは朝6時から 私は受診の順番を取るためにハンドルを握った

眼科医院に着いたのは6時5分前 寒い朝にもかかわらず4名の方が並んでいた
私は受付簿の5番目に母の名前を連ねることができた 診察は9時からである

受付を済ませた帰り道 東の空に顔を見せた太陽は眩しくも優しい光を発していた
畑や田んぼを被っていた白い霜も 太陽が高さを増すにつれ融ける早さも増していった

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凍ったフロントガラス

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優しい朝日

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薄氷

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飯豊連峰
写真はこちらにも掲載しました→https://picasaweb.google.com/shishi16/2011_4#

追記

「診察終わったぁ 会計おわったら薬局さ行くがら」
母から迎えに来いとの電話が来たのは 9:30

初めて眼科医を訪れたのは 昨年の9月始め 
母の眼は初期の白内障と診断され「3ヶ月様子を見て手術日を決めましょう」と云われた

3ヶ月後の12月 2度目の診察を受けた
この時の診察では「手術は必要ないですね」と云われた

それから4ヵ月後の今日の3度目の診察を終えた
母曰く:「白内障の"は"の字も出ねがったぞぉ」
    「目がかゆいって云ったら 目薬3ヵ月分出した」  

やっぱり「ウマブドウ酒」効いているのかな~ (・・?

5秒前からのカウントダウン

2011.04.11

忌まわしい大震災から丁度一ヶ月 今日は夜勤帯から日勤帯に変わった初日
今日もまた緊急地震速報が流れた

「ビッ ビッ 5,4,3,2,1 ゴゴー!!」
今回の緊急地震速報 説明なしにいきなりカウントダウンが始まった
勿論みんなは慣れていて 「ビッ ビッ」を聞いただけで反応した

午後5時を少し過ぎた当たり 又大きな地震に見舞われた
幹部社員たちはまだ帰宅せず揃っていた

緊急指示系統は現場監督者から管理者にバトンタッチ ある意味楽であった
それにしても今回の地震速報は いきなりのカウントダウンで余裕が無かった

前回の緊急地震速報は 地震の大きさを告げてから10秒からのカウントダウン
今回はブザーが鳴って5秒からのカウントダウン これまた寸部違わずグラっと来た

社内の緊急地震速報の制度の高さは身を持って体験できたが 有りがたくない体験だ
被害はダクトの一部が外れたが応急処置を施し 我が職場は通常の稼働に漕ぎつけた

携帯には東京の従姉から「地震大丈夫?」のメールが入っていた
帰宅したのは通常通りの午後9時過ぎ 炬燵に入りコップに一升瓶を傾けた

緊急地震速報のカウントダウン

2011.04.08

「ビッ! ビッ! ビッ! 地震です!」
「震度4以上の揺れが来ます!」
「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1」
 グラグラグラッ!!

2011.04.07 23:32 仕事場は震度4の地震に見舞われた
この緊急速報 訓練では聞いたことがあるが本番では初めて

過去の震度4以上の地震 休んで自宅にいる時ばかりで経験は無い
工場の作業者達は 実際に緊急速報と地震を体験しているので反応は早かった

「ビッ! ビッ! ビッ! 地震です!」「震度4以上の揺れが来ます!」
このアナウンスで工場内の9割の作業者は 揺れが来る前に所定の場所に避難していた

私は揺れが治まり 逃げ遅れがいないかを確認しながら工場から退避した
勤務者全員の安全を確認し 工場の安全も確認できると避難は解除 全員職場に戻った 

職場に戻った作業者は設備の状況と製品の品質を確認し 全ての安全が確認できると
何事も無かったかのように設備を動かし 記録を残し製品を流動させた

しかしながら私を含め全員が不安を感じていた 
関連会社のある宮城県はどんな状況なんだろうかと・・・

それにしても緊急地震速報とカウントダウンは寸部の狂いもなかった
「・・・3,2,1」 グラグラっと来た

インターネットで覗いた気象庁発表の地震情報(震度速報)
平成23年04月07日23時37分 気象庁発表
07日23時32分頃地震による強い揺れを感じました。
現在、震度3以上が観測されている地域は次のとおりです。

震度6強 宮城県北部 宮城県中部
震度6弱 岩手県沿岸南部 岩手県内陸北部 岩手県内陸南部 宮城県南部
震度5強 青森県三八上北 秋田県沿岸南部 秋田県内陸南部 福島県中通り 福島県浜通り
震度5弱 岩手県沿岸北部 秋田県沿岸北部 山形県最上 山形県村山
震度4 十勝地方中部 青森県津軽北部 青森県下北 秋田県内陸北部 山形県庄内 山形県置賜 福島県会津 茨城県北部・・・


3月11日の東北地方太平洋沖地震発生する時の
緊急地震速報のカウントダウンの映像をYouTube で見つけたので転載する
我が職場はスピーカーで流す速報だが イメージは同じであるので参考になればいいと思う


仮登録証と正規登録証

2011.04.07

我が集落にもやっと光ケーブルが敷設されることになった
同時にインターネットの勧誘も度を越して激しくなった

私は勧誘とは別に 光が入ればいち早く変更するつもりでいた
しかしながら チラシや電話 訪問の勧誘には一切応じないでいた

セールス合戦たけなわの2月 一人のセールスマンが訪問してきた
「一週間前チラシを配って歩いた NTT******の○○ですが・・・」 

「チラシ? 家には入っていなかったよ」
「えっ 抜けたのかもしれません 今すぐ車に戻って取ってきます」

一見おとなしく 気の弱そうなセールスマンであった
(これでセールス勤まんのかなぁ・・・)
セールスマンは雪の中を走って戻ってきた様で 息があがっていた

私は衝動的に「まぁ 上がっておじゃ(茶)でも飲んでいがせ」
「話だけは聞いでやんべぇ」(話を聞いたのは後にも先にもこれ一度だけ)

このセールスマン プロバイダーの勧誘ではなかった
光回線の普及を促すのが目的で 数社のプロバイダーのチラシを持っていた

結局このセールスマンに光回線と あるプロバイダーの契約をした
工事は最優先で行なうことを条件とした 彼はその場で会社と掛け合ってくれた

光回線の工事は3月8日と決まったが 工事間近にってNTTから電話があった
「申し訳有りません この大雪で工事が大幅に遅れて・・・」

工事は引き続き最優先の条件で 最短日の3月22日に決めた
しかし今度は工事が中断 大震災の復旧工事に人手を取られ予定が取れないという

そして一昨日 またNTTから電話を貰った 工事再開に伴う工事日の問合せである
今度は最優先にこだわらず 自分の都合に合わせ工事は5月16日とした

3月の工事が天変地異で5月に伸びたのは致し方ないが そこに誤算が生じた
3月前半の工事を目論見 既存プロバイダーを1ヶ月の余裕を取り3月31日で解約とした
   
誤算は1ヶ月の余裕を取ったにも拘わらず ネットが切れるという事実 一大事である 
ことを案じセールスマンに電話 光が入るまでの繋ぎにADSL回線を契約したいと話した

彼の仕事は速かった 翌日速達で仮の会員登録証が届いた 安心していた
新しいプロバイダーのメールも直ぐに繋がった 特に何の確認もしないでいた

4月6日10:00 突然ネットが繋がらなくなった 理由は即座に分かった 
既存プロバイダーは1週間の猶予を置いて切断したのだ

光契約時の簡単接続ツールを使ってセットアップを試みた モデム設定画面でストップした
私のモデムが対応していないとエラーメッセージを表示し中断してしまうのである

仕方なくマニュアルで設定しようとしたが 仮登録証の何処を見ても接続アカウントが無い
ある程度 憶測を働かせ接続を試みたが全てはじかれた

万策尽きプロバイダーのサポート先に電話をした 繋がるまで20分掛かった
やり取りすること5分 接続アカウントを聞き出すと「自分でやるから」と云って電話を切った

アカウントとPWを入力しモデムを再起動を掛けた
数十秒後 モニターにはいつもの画面が映し出された ホッとした !(^^)!

なぜ今の仮登録証にはマニュアル設定に必要な接続アカウントを記載しないのだろう
何とか接続できたから良かったものの・・・

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追記

今日 この記事をブログにアップしようとしたとき 郵便配達員がきた
郵便物を受け取ると・・・ 「えっ 何・・・」

正規の会員登録証が届いた
そこには私が欲しかった 接続アカウントがしっかりと記載されているのではないか

昨日の焦りと苦労はなんだったんだ 1日早く着いていれば苦労せず済んだものを
いずれにしても 光が入るまでは一安心である

4月1日 今日から新年度

2011.04.01

2011.02.28 村親戚の年寄りの死亡の知らせが飛びこんできた
早速仕事場に電話連絡 お手伝いと葬儀のため3日のお休みを貰った

仏事が一段落し仕事へと思ったところへ また不幸の知らせ
今度は母の実家からであった

数日間仕事を休み 暫く振りに出勤した
しかしながら又会社に無理なお願いをしなくてはならなかった

2011.03.12 父の三回忌法要を予定していた
続いた不幸のため 法要の準備ははかどっていなかった

法要の前日 無理して休みを貰った
午後4時頃帰るという子供 2時迄帰ってきて手伝えと電話した

2011.03.11 14:46 東北太平洋沖地震発生
子供が帰ってきて間もなくの事であった

大震災の翌日 数名の欠席者はあったものの
ほゞ滞りなく法要を済ませた

やっとのこと出勤したが 職場は大変な事になっていた 
屋内の水道管が外れ水浸しなり 大掃除が終わった所だった

しかしそれだけでは済まなかった 関係会社が被災し復旧が問題になった
社員は職場で待機 ポケットのPHSが震えた 幹部社員の集まる議室に呼び出された

「今夜から全員自宅待機になりました 全員に連絡してください」と云われた
夜勤者が来るまで2時間そこそこ 全員に連絡した

振り返ると 不幸や仏事 大震災での自宅待機 散々な3月だった
出勤したのは僅か6日間 まるで悪夢を見ている様であった

今日から新年度 自宅待機も解け今日からトラック便が入ってくる
仕事が軌道に乗るまでは数ヶ月掛かると思うが 頑張らねば・・・

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